こたつウサギの寝言

思ったこと・感じたことをつらつらと

「試食券」というものの存在意義を勝手に妄想

この前ある新聞で妙なものを発見しました。それは、新聞1ページ使った某チョコレートメーカーの巨大広告。で、それの何が妙なのかというと、広告の端っこに付いていた試食券なるものの存在。

 

「え、試食なのに券が無きゃ食べれないんだ~」というのが第一の感想です。と同時に何故わざわざ券を用いるのかという背景を、気づいたら勝手に想像し始めていました。

 

※以下、僕の勝手な妄想


 

本来試食というのは、売り子さん的な人が「おひとつどうですか~」って言いながら通行人に勧めるのが一般的。それに対しこの試食券制度は、客側から「試食したいんですけど~」と店の人に働きかける必要がある。つまりこの場合、試食する人は皆初めから試食するつもりで来たことになる。

 

気にしすぎる僕なんかはこんなこと出来ない。なぜなら「あ、この人試食しに来たのね~。卑しんぼ。」とか思われるんじゃないかと考えちゃうから。相手がどう思っているのか気になっちゃうし、何なら勝手に悪い方向に拡大解釈しちゃうわけ。

 

話を戻すけど、この制度の一番のミソは客側から頼む形にあると思う。通常の試食形態であれば、店の人から勧められるからもらうだけ。客は店側の提案を飲むか断るか選択できる立場にある。いわば主導権は客にあると言ってもいい。そのため、その後試食したから買わなくちゃという強迫観念に近い変な気遣いは起きず、試食だけしてそのままスルーしてもへっちゃら。

 

それに対して試食券がある場合はどうだろう。客側自ら試食したい旨を伝えて、初めて試食に至る。この時主導権は店員側にある。店側の「試食したいって言うならあげる」というスタンスはむしろ店側優位と言える。そのため試食だけして帰りまーすみたいなことは前者の時よりしづらい。

 

そこには返報性の原理というものが影響する気がする。人から何かしらの施しを受けると、人はお返しをしなきゃという気持ちになる。これを利用しているのが試食。で、さらに試食券制度はその強化版。通常の試食なら食べるだけ食べて何食わぬ顔で去って行く鋼メンタル客達を、券を用いることで引き留め買わせる確率を見事に上げている(?)。あっぱれ。

 

調べてみると、大手チェーンではこの試食券制度もちょいちょい見られる。王将や吉野家なんかもやっているようだ。しかし、今回発見したのは高級チョコレートを扱うところ(批判しているわけではないが名前を出すのもどうかと思ったので、仮にG〇DIVAとでもしておこう)。他とはちょっと事情が異なる気もする。

 

こういった敷居の高そうなオシャレな店はそもそも試食できる商品が他よりお値段高めということを考慮すれば、券を用いるのも納得できる気がする。簡単にポンポン配るわけにはいかないだろうから。いや、というかそもそもこのような店に出入りする客は試食だけもらって去るなんてことしないんじゃないか?「美味しいわね、じゃあこれもらおうかしら。ウフフフ」なんて感じでほぼ確実に買うんじゃないだろうか。

 

ということはこの券、最初から買って下さるマダムら向けに純粋な優しさから付けたサービスってことか。そもそも試食だけしようなんて考えてる人には見向きもしていなかったわけだ。さすがは超有名チョコレートメーカー。必死になって集客をしなくても来てくれる客がいるくらい信頼されているのか。これが王者の余裕だ。


 

という妄想を1人でしていた僕は、今日も店員と関わりさえしないスーパー内の試食を血眼になって探し回るのでした。